英語教師を撃て！

「大学でスペイン語を教えています」と彼は言った。
「砂漠に水を撒くような仕事です」
　　　------村上春樹『１９７３年のピンボール』

　あるアメリカ人が黒猫は不吉だから、もし前の道を横切ったら、その道は通らずに遠くても迂回していくといっていた。そんなアホなと思っていたが、ある日、外国人を見かけて同じような行動をしている自分の姿に気がつき、慄然としたものである。＊

　こんな私に誰がした。

　昔、『大橋巨泉のこんなものいらない』という番組があって、その中で一番人気があったのが英語を取り上げたものだったという。日本人の中に英語教育に対する不満が蔓延していた証拠である。オーソン・ウエルズが新聞・雑誌の一面広告に出ている『英語の冒険』(テープを聞いただけで英語が身につく位だったら学校はいらない)を始め、英語教材をめぐる詐欺も相変わらず多い。

　そういえばウエルズは『第三の男』で偽薬で詐欺を働く男を好演し、『フェイク』(偽物)という映画の監督・主演もしている男である。野党も消費税廃止ばかり唱えていないで、いっそ英語教育廃止を打ち出せば悲願の政権に就けるかも知れない。先日はタオルを絞りながら発音するとうまくなるいう会話学校が紹介されていた。慌てて近くの手拭いで試したけれど、どうもうまくいかなかった。もっとも、あの番組自体も本質的な問題、例えば高級官僚とか、独立●×とかを取り上げる筈もないから『こんなものいらない』一つかも分からない。

　驚いたことに英語を学ぶ以前の子供の夢の多くが「バイリンギャル」の山口美江（もう知らない人が多い＝亡くなった）みたいになりたい、というものであった。英語が一つのブランドになっている。その夢を中学の英語教育は破壊していると、番組は進んでいったのだが、アメリカンスクールで育ったという噂の彼女と違い、そこらに転がっている、にわか作りの「お嬢様」が英語を上達させることなど容易にできないだろう。彼女はむしろ、例外と考えてよい。

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　実際に僕が知っている英語のうまい人はみんな海外生活の経験のある人か、外国人と結婚している人である。一歩も外に出ていないが、非常にうまいという人に出会うことは稀だ。

　ウエスト・コーストへ新婚旅行に行き、アイスクリームを買うのも苦労した（トッピングがいっぱいあって難しいし、ヴァニラの発音だってややこしい）英語教師がいて、奥さんの方がすんなり話せて「流石に英語教師の妻だ！」と誉めたとか…。すごいのは金田一一家の三代目・秀穂が『お食辞解』（清流出版）に書いていたことだ。ヴァニラの発音が難しくて頼んだことがなくて、チョコチップは最も簡単に通じたので、いつもこれにしていたという。

　…私は英語がへたなのであまりヒトには言わないことにしているのだが、都合四年間、アメリカで暮らしていたことがある。【…】
　そういうことをある日、親しい友人にこぼしたら、なに簡単さ、ウィンドウ越しに指させば簡単にわかってもらえるではないか、という。言われてみればその通りである。
　コトバに頼ってはいけない。ヒトはコトバだけでコミュニケーションしているわけではない。コトバにだけ頼ろうとすると、とても不自由な生活を強いられてしまう。コトバは無力である。

　レモネードは子どもがよく作って売る飲み物だが、発音は「レムネイド」と後にアクセントがあって、みんな悪戦苦闘する。だから「ラムネ」に聞こえたんですね。

　僕も学生には常々、外国ではサンプルもないし、メニューも読めないだろうから、周りを見渡して一番おいしそうなのを見つけたら、「あれと同じ」と注文しなさいと教えている。映画『恋人たちの予感』ではメグ・ライアンがニューヨークの「カッツ・デリカテッセン」で男友だちと口げんかになって、「あのね、女はみんなイクふりできるのよ」といって食べていたサンドウィッチを置いて、突然悶えてあえぎ出す。他の客がびっくりしている時に年取ったおばあちゃんが「彼女とおなじものをいただくわ」（I'll have what she's having）という。

　秀穂みたいな教師が多かった。四方田犬彦は『先生とわたし』（新潮社）の中で、東大の先生だった由良君美について次のように書いている。

　外国語の能力というのは、つまるところその言語のなかでの生活時間の長さに比例する問題にすぎないということを、わたしは体験的に知っている。よく読みよく思考する者が弁論の場でしばしば消極的だというのも、使用言語の異なるいくつかの大学で教鞭を執ってきたわたしがつとに見聞してきたことである。

　明治の初め、西欧を歴訪した岩倉使節団の随行者に、後に貴族院議員になった安場保和（やすば・やすかず）がいた。古武士の面影をもつ肥後人は米国ワシントンで、のどが渇いて砂糖水が欲しくなって、聞き覚えの「シュガー、ウオーター」と注文した。ところが、来たのはたばことバター。外国暮らしに嫌気がさしていた折も折で、安場は癇癪玉を破裂させたという。ドイツ語の話だが、僕の女友達はミュンヘンのホフブロイハウス（ビアホール）で「ヴァッサー」と言って水を頼んだつもりだったが、「バター」が来てしまったという。

　ちなみに、英語を学ぶ目的に、旅行する時に英語が話せたら、という人が多いが、なまじ話せると思われると機関銃のようにしゃべってくる人がいるから、むしろできない方が（できないふりをした方が）いいかもしれない。パリへ行ったらアメリカ人も「お上りさん」だ。世界中が「お上りさん」であふれているから心配することはない。フランス人だって、日本のおでん屋に入って「コニャックください」といったら、「置いてないんですよ」と断れたという話があるが、彼女は「こんにゃく」を頼んだつもりだったのだ（日本語の撥音、促音は外国人には難しい）。

　また、外国人に英語で道を聞かれた時に困る、という人もいるが、日本語も分からないで日本に来るな、というべきだ。そんな親切のために日本人が苦労して英語を勉強することはない。そんな外国人の多くがアメリカ人なのであって、全世界の人が、いや、宇宙人ですら（『猿の惑星』などＳＦの多く）英語を話せると誤解している。海外旅行や道を聞かれた時の「備え」として何年も苦労して英語を覚える必要はない。確かに訪日外国人は増えたが、みんなが英語を話すとは限らない。

　ところで、ターザンが言葉を話せたのは両親が遺していった絵本を見て育ったからだという設定になっている。言語学的にそんなことはありえない。発音の裏付けなしに言語を話せる訳がない。knightという綴りを何回見てもナイトという発音は引き出せない。それをターザンは類人猿に育てられてながら語学の天才になったというのだから驚く (彼にとって第一外国語はフランス語で、名刺には「ムッシュー・タルザン」と書いてある)。

　昔、プサンメチコスという王様は最も古い言語を探ろうとして幼児に全く言語を与えない実験をしたが、母語なしに言語は習得できない。逆に子供に言葉を豊富に与えようとしてテレビばかり見せていると他の人間とコミュニケーションの取れない子どもを作るだけである。外国へ行かずに英語を習得しようというのはターザンの場合と同様、かなり無理がある。

　これを言語学では「ターザンの石」と呼んで戒めているそうである。

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　さて、日本の英語教育を語るのは簡単である。つまり、自分自身を語ればいい。中高と六年間教わって、初めて外国人と話した時、どう話せばいいのか、何を話せばいいのか皆目見当がつかず、途方にくれてしまった。相手がジョークらしいものをいったとき、時間差で笑わなければならない味気なさ、皆の前で得意げに話す奴への劣等感、ＥＳＳクラブの連中の軽薄さに対する侮蔑、これらが一緒くたになって、それまで以上に英語嫌いになってしまった。

　「外国語は日常の闘争の武器である」という言葉を残しているマルクス(語学の天才だった)まで嫌いになってしまった。末っ子に育ったせいで何でも他人に責任を転嫁してしまうようだが、英語教師に対する不信感は今でも拭いきれないものがある。

　日本では英語教育が機能していないのである。にも拘わらず、これまで英語に関して存廃論から英語国語論に至るまでかまびすしく論争が展開されてきている。これ自体、不思議なことで数学は高校卒業以来、四則計算以外使ったことがないし、僕のように大っ嫌いな人も多いはずだが、誰も廃止しようといわない。国語教育では漢字だけ教えようという声も大きくない。

　英語だけが学校教育批判のスケープゴートになっている気がする。馬鹿々々しかったのは渡部昇一・平泉渉の英語教育論争で二人は教養主義と実用主義（「教養派」と「実益派」）で対立していたが、英語の目的が全く違っているのだから、イカとスルメとどっちが「正しい」か論じ合っているようなものだった。英語教育不要論を説いた平泉が日本語は神国の言語であり、特殊な言語だといった反動歴史家の末裔だと知れば、ある程度、納得がいく。

　論争の中で注目すべき提案だと感じたのは詩人の富岡多恵子の「英語保険」ぐらいのものである。これは英語に関する無駄を省き、その費用を英語が本当に必要な時、通訳を雇うための保険金として使おうというものである。少なくとも英語が嫌で学校が嫌になる子供を減らすことができるというものである。英語教師もこれならあまり失業しない。もっとも通訳として金の稼げる先生はどれだけいるだろうか？

　いずれにしろ、渡部・平泉論争が英語教育への政治的介入を招いたといってもいいだろう。政策が出され、屁理屈がその後に続くという構図の最初で、渡部の意図の一つだったかもしれない。

　ただ、５％だけに英語が必要だというのは案外正しい。

　どんなに教養があっても、英米人の前では通用しない。通用しないのは相手に教養がないからである。内田樹は養老孟司との対談『逆立ち日本論』（新潮社）で次のように発言している。

…「内田さんは、フランス語の会話はどのくらいできますか」とよく訊かれるのですけど、そういうときは「頭のいいフランス人とだったらけっこうしゃべれるけれど、頭の悪いフランス人とはほとんどしゃべれません」と答えることにしています。

頭の悪い人って、まず言っていることがロジカルじゃないし、単語も外国人が知るはずもないような流行語やら固有名詞を平気で入れてくるし、しゃべるスピードもふだんのままでしょう。でも、頭のいい人は、断片的に単語を並べても、「つまり、こういうことが言いたいわけですね」と意のあるところを汲んでくれるし、こっちが言葉につまっているときに、「こういう言葉が言いたいわけ？」と適切な単語を入れてくれる。頭のいいひとはこちらのレベルに合わせて会話のスピードも使用語彙も調整してくれますから、話場びしびしと噛み合う。

　これはよく分かる。外国人が日本語を喋ると日本人は相手に合わせてゆっくりと話し、間違っていても「忖度」して理解する。ところが、特にアメリカ人は日本に来ても英語のスピードや弱形などの発音、語彙を選んで話そうとはしない。教養があるアメリカ人にも会ったことがほとんどないというか、教養のない僕の前に現れるはずがないのだ。実際、シェイクスピアを知っている英米人のＡＬＴなんて本当に少ないのだ。だから、『宝島』の英文を聞きに行った学生がＡＬＴに「シェイクスピアか？書いてあることが分からない」と言われたという。当たり前だ。

　鈴木孝夫先生は「日本人の日本語観を問う」（『国際化の中のことばと文化』成文堂）の中で、こんなふうに書いている。

　【イェール大学、イリノイ大学、ケンブリッジ大学、キャンベラ大学で教えた経験から】分かったことは、アングロ・サクソンにとって、外国語の勉強は、自分を高めるためではないということです。彼らは教養主義ではないのです。自分の興味がある国の言葉ができることによって、相手の気質を知って、どうやったらいざというとき相手をひねりつぶせるかという、攻撃的、折伏（しゃくぶつ）的な目的がそこにはあるのです。【…】

　では、アメリカ人は外国語学習に教養を求めないかというと、実は求めます。でも、それは古典語においてです。ギリシャ語、ラテン語でローマのキケロやソクラテスの教えを教養として学びます。それは、ライバルではないから、つまり毒がないからです。

　英語の前で人間は平等に創られていない。この辺りを内田樹はブログで次のように書いている。

どのような堂々たるコンテンツであっても、オーラルレベルにある限り、原住民が語ることばをさえぎって発音の間違いを指摘したり、「聞き取れないふり」をすることが母国語話者には許されています。
日本の英語教育は戦前までは旧制高校での集中的な語学教育に見られるように、かなりの水準のものでした。けれども、それは徹底的に「道具的」な発想に貫かれていました。
例えば、夏目漱石の英語力は驚嘆すべきもので、漱石は十代の途中で漢学を棄てて英語に転じるのですが、英語を始めてわずか数年で『方丈記』を英訳しています。
これは彼の英語学習の努力のほぼ１００％がリテラシーの向上に集中されていたことを示していると思います。
もちろん大学の英語教師にはたくさんのお雇い外国人がいましたから、漱石は英会話能力も高かったはずですが、それは別に日常の用を弁ずるに足りればいいことでした。
漱石の漢詩もまたご存知のとおり、高い水準のものでした。じゃあ漱石が当時の中国人とオーラル･コミュニケーションができたかというと、たぶんできなかったと思います。そして、そのことを漱石はたぶん「語学力の不足」だとは考えていなかったはずです。必要があれば筆談すれば済むことですし、そもそも自国語の文字を解せないような中国人には彼のほうからは特段の用事がなかったから。
この「教養のない母国語話者には用がない」という「傲慢さ」が戦前までの日本の知的エリートの外国語習得の感覚には伏流していたように思います。
オーラル・コミュニケーション中心の英語教育はこの伝統を転倒しました。それは「教養のない母国語話者たち」（日本を支配しにやってきたアメリカの「有象無象」諸君）に知的威信を担保するための教育制度だったようにぼくには思われるのです。
それ以後、コミュニケーションのコンテンツは副次的で、英単語をいかに「それらしく」発音し、表情やみぶりを「それらしく」演じるかということに日本人の語学学習の関心は集中してしまいました。
たとえ非ネイティヴ･スピーカーの語るコンテンツが高度すぎて理解が及ばない場合でも、母国語話者は「わからないことを言うな」とそれを棄却することができるようになったということです。
いま漱石のような高校生が登場して、『方丈記』を英訳してみせても、ネイティヴの英語教師はあまり感心しないでしょう。そんな無駄なことをする暇があったら、ラップでも聴いて早口英語の聞き取り練習をしなさいというようなとんちんかんなことを言うかもしれない。
非ネイティヴである限り、どんな局面でも知的に劣位におかれるという政治的な構造は、半世紀かけて日本人の英語力を根本的に損なってしまったのではないかとぼくは思っています。

　不良外人ばかりいる英会話学校なんていっぱいある。だって、白人で、アメリカ人だったら、誰でも教師になれるのだから。英会話学校のNOVAが倒産した時に数千人もの外国人講師が「ノバなし」状態になってしまった。

　日本にＡＬＴとして外国人を呼ぶのも止めよう。だって、そんなお金があったら、日本の教師を外国にやらせた方が１年だけでその後の30年は使えるのだから安いものである。それから、優秀な人を選んで外国に行かせようとするのも気をつけよう。十分話せる人ばかりが選ばれて、本当に必要な低レベルな教師はいつまでたっても改善できないなんてことになる。

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　英文学者の吉田健一が『英語上達法』で次のように書いている位である。

　英語といふのは絶対に覚えられないものなのであるから、さういふことは初めから諦めた方がいい。仮に、英語が読めたり、話せたりする人間がゐたら、それは英語を知らないからさういふことが出来るのである。このことは日本の英語の先生達が真先に承認してくれるに違ひない。

　精神科医の香山リカは『「特に」語学に効く心理学~おとなの学習自己チュー宣言』（アルク）の中で次のように書いている。

　私にとって語学と言えば英語ですが、実は決して得意じゃありません。特に会話となるとほとんどカタコトレベル。必要があれば精神医学の論文を英語で読むこともありますが、辞書なしではもちろんダメ。辞書があってもとても全部は理解できません。
　でも、私にはおかしな自信があるのです。それは、いざとなれば一週間くらい必死に勉強すれば、少なくとも求められているレベルくらいには回復できるだろう、と。
　【…求められているレベルは】せいぜい、海外旅行で道に迷わないようにする程度か、国際学会で十分に時間をかけて準備した発表原稿を読み、会場からの質問にごくごく簡単に答える程度。この人生、それ以上の英語はどうも必要ないらしい、ということに気づいたのが、私の自信の根拠となっているのです。
【…】だいたいの目標も持たずに、「とにかく「上へ、上へ」と頑張り過ぎているのではないでしょうか。こういう人は、少しでも計画が思い通りに実行できないと、「ああ、私ってなんてダメ人間なんだ」と自分を責めてしまいます。そうやって自分を追い詰めると、せっかく覚えた単語すらどこかに飛んでいってしまうのではないでしょうか。
【…】この本では、自分への厳し過ぎる態度や融通の利かない学習法が実は勉強の妨げになっていることを、精神医学や心理学の知見なども使って説明していくつもりです。》

　つまり、日本人は目的もなく向上することばかり考えていて、これが足枷となっているのに気づいていない。この本は精神科医としての豊富な臨床経験と、自らの語学学習体験をベースに、決して「自己嫌悪」に陥らずに学習を続けるコツを解いて「大人の学習は、まず自由で楽しく、自己チューであるべき」だという。語学学習者の多くは、一度つまずいたり停滞すると「自分には根気がないから続きっこない」「どうせ英語なんか勉強しても役に立たないから無意味」と考えてしまいがちだが、「おとなの学習は、どんなに具体的な理由があろうとも、学習はまず自由で楽しくあるべき」「自分に課す制約が、人間の脳の可能性をかなり限られたものにしている」「リラックスして楽しみながら勉強するからこそ、実力もぐんぐんアップする」という。心の負担や思い込みを取り除き、学習効果を驚くほどアップさせる手法で、考えてみれば、他のことも日本人はしゃかりきになりすぎる。悩みが多すぎる。

【お悩み】明日から勉強しようと決心しても、結局はズルズル先延ばし。
【処方箋】だらしない、と悩むあなたは”隠れ完璧主義者”では? もっと気楽にエンジョイしよう!

【お悩み】ふと勉強をサボりたくなります。どうしたらいいですか?
【処方箋】「来るものは拒まず」の精神で”サボり虫”も歓迎すれば、意外にお早い旅立ちになるかも。

【お悩み】四十代以降に始める語学学習に意味はありますか?
【処方箋】ギプスがはずれて、脳がちょうどよくほぐれた四十代は、第二の学習適齢期なのです。

　日本に紹介されている教授法だけで三〇近くもあるそうだ。道具を磨いてばかりで家を建てなかったのが英学百年の歴史である。何しろ、理論を輸入する先生も英語が話せないという状況がある。それでも英語の教師として、ある時には大学の英文科の教授として勤めることさえできる。

　日本の学問は総じて切り花的だ。つまり、外国へ留学して新しい学問を輸入して飾る。その弟子がまた外国へ留学して「先生、先生の学問はもう古いですよ、今はこちらです」といって新しい花を飾るのである。いつまでたっても花は根付かない。

　Ｇ・Ｂ・ショウの「できる人はする、できない人は教える」(『人と超人』)を地でいっている。かわいそうなのは子供達で新教授法が次々と紹介され、先生によって教え方が違ったり、同じ先生でも年々違ったりする。これでは互いに矛盾する教育理論に翻弄される『素直な戦士たち』(城山三郎)のお母さんのようになってしまう。

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　英文科は文学部の中でも偏差値が高く、優秀な人材の集まる所である。漱石をはじめ、伊藤整、丸谷才一など優れた日本文学者も英文科出身である。戦後は視聴覚機器が発達し、ネイティブ・スピーカーだって授業に呼べ、英語教育は大変な進歩を遂げた。教科書も様々なトピック (モンローからビートルズまで------作成した人の年代を感じてしまう) を入れて工夫がなされている。しかし現状は悪くなるばかりである。

　問題の元凶は英語教師である。それ以上に彼らを教える大学教師の責任でもある。彼らは東芝の扇風機のようにグルグル回るだけでちっとも進まない。英語の先生の大半は文学部の英文科か教育学部の英語教育科を出てきている。多くは英語教師になろうと思っているのではなく、文学や英語学を学びに行くのである (これすら裏切られることが多い)。教育学部に入ってくる学生もホントは文学をやりたい人が多く、偏差値のせいで教育学部に入学している人がいる。教育学部の教師の方も英文学や英語学を専門としており、英語教育は片手間にすべき、それどころか恥ずべきことと思っている先生もいた。しかも、中高の教壇に立ったことのない先生もいる。漱石がロンドンに留学した目的は英語研究だったが、英文学を系統的に勉強しようと意気込んでいた。文学部に入るものにとって、その気持ちは明治も今も変わらない。

　大学で教える英語と中高の英語とは全く違うにも拘わらず、自分の研究を学生に押し付けることになる。書斎の文法と教室の文法と混同してはならない。例えば動名詞と現在分詞の境界は実に曖昧で学者ごとに異なる。これを商売や知的ゲームにしている分にはいいが、教室に持ち込むことは混乱を招くだけである。

　Doctors disagree.で例えば『オックスフォード大辞典』には on historical principlesとなっているが、これはhistoricalに付ける不定冠詞が aか anか(historicalがヒ/イストリカルのどっちか)揉めたせいで原理は一つなのに複数にしてごまかしたのである。

　言語には揺れがあることを忘れるから問題が生じる／生ずる。早い話、日本がニホンかニッポンかという「重大」なことすら決まっていない。言語はニホンだてになっている。佐世保をサセホと読むか、サセボと読むか、言語学的にはホボ同じである。英語でも同じで oftenをオフトゥンと発音して大笑いされた人が多いだろうが、アメリカのインテリでも頻繁にそう発音する。

　「転石苔を生せず」という諺もイギリスではひとところに落ち着いてないといけないという意味だし、アメリカではひとところに留まっていては苔が生じるからいけないという反対の意味になる。

　ところが、英文法や英作文の授業でマニュアルに載っている一つの答えだけを押し付ける先生がいる。

紅生姜入れに紅生姜詰め込んでいるあんな教育をうけたくせに---斉藤斎藤

　僕が英語を嫌いになった原因に予習がある。教師は必ず予習を要求し、これを前提として授業を進めた。しかし、予習して分かるくらいなら何も教師は要らない筈であるし、授業だけで全てを教えない教師はケチだと恨んだ。

　大体、辞書を調べるのが億劫でならなかった。その単語を探すのが大変だったし、探し当てても色んな意味が書いてあってどれが本当だかちっとも分からなかった。全部写していたら遊べやしない。しかも悪魔の言葉のように英語は同じ単語が名詞になったり、動詞になったり、形容詞になったり、同じ語が思いもしない意味を持ってたりして、ますます嫌いになった。

　同級生が「消防署」fire departmentを「燃えているデパート」と訳した時の教師の軽蔑したような眼といったらなかった。辞書を調べるのが好きなのは英語教師だけではないだろうか。子供はみんな辞書なしに言葉を身につけている。文脈が大切ならもっと教材を多くして、その中で意味をつかむように仕向けて欲しい。それに例文がひどい。

「ひどい例文だよな」と言った。「外国語講座の例文ってこういうのばっかりなんだからまったく」…村上春樹『ノルウェイの森』

　今のままなら、豆単なんかで単語を覚えていった方が効果的である。英米人も日本人ほどひかない、いや、ひけない。

　だってサイコロジーという語を聞いてpsychologyという綴りが分かる筈がない。「心理学」という語を日本人が初めて聞いても大体の意味がつかめるだろうが、サイコロジーから「心理の学問」だと分かる英米人は殆どいない。まして相当なインテリでなければ、これがギリシャ語の ψυχη「魂」＋λογοσ 「ロゴス」に分析できて意味が分かることはない。クリスマスの「リース」wreathなんてスペリングも難しい。何で「クリストマス」じゃないの？「スコール」もsquallだ。

　ともかく教育には「ピグマリオン効果」というものがあるとされ、誉めてさえいれば (ピグマリオンが自分で作った彫像を妻にできたように)おのずと力がついてくるものなのだが、教師は英語を嫌いにするために存在しているみたいだ。特にTOEICの点数が問題にされるようになってからひどくなった。

「フェル先生」（谷川俊太郎訳）

フェルせんせい　ぼくはあなたがきらいです
どういうわけかきらいです
でもたしかです　まったくたしか
フェルせんせい　ぼくはあなたがきらいです

I do not like thee, Doctor Fell

　　I do not like thee, Doctor Fell,
　　The reason why, I cannot tell;
　　But this I know, and know full well,
　　I do not like thee, Doctor Fell.

　これは17世紀にトム・ブラウン(1663-1704)が書いた歌で、トムはあることにしくじって、オックスフォード大学のクライストチャーチの学部長であったフェル先生から、ラテン語の詩を英語に翻訳する罰を科せられた。

"Non amo te, Sabidi, nec possum dicere quare;
Hoc tantum posso dicere, non amo te." "I don't like you, Sabidius, and I can't say why; all I can say is I don't like you"

　「我は汝を嫌う」というラテン語だったので、先生にあてつけて生まれたマザーグースである。

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　今は違うのだろうが、かつては文法の時間があって、無味乾燥の規則ばかりで、ようやく覚えて喜んで答えると、それは例外だと教えられる。oxの複数形を一生懸命覚えたけど、こんな単語は生涯使いそうもない。今は民主国家にふさわしくないとkingやqueenは中学では教えられないという。

　共通一次ではこの精神が見事に活かされ、パズルのような問題が並んでいる。「受験英語」にも大きな原因がある。文法なんて文法学者が生まれるまでなかった筈で、実際、僕らは全然、非文法的な文を話している。それに僕が教わった先生が悪いのか、文法偏重のくせに国文法との関係がプッツンで、日本語の形容動詞は形容詞なのか動詞なのか分からないままだった。格助詞も後置詞として、前置詞との関連で教えてもらいたかった。つまり、日本語をよく知らない教師が多いのが問題である。アクセントにしても高低アクセントの日本語と強弱アクセントの英語では違うのに、そうした話は聞いた事がなかった。

　訳も「～するや否や」、関係詞を「～するところの」、as if ＋仮定法を「あたかも～の如く」なんてのを平気で教えていた。今でも逐語訳がまかり通っていて、日本語と英語にズレがあるのに１対１で教える先生が多いのである。

　その弊害か、違う意味をもつのに、「空室」をSky Roomと書いたり、「童貞」をポール・ニューマンなんて言ってしまう日本人が多いのである。そして、「親密」＝intimate、「交際」＝intercourseなんて書いてある辞書があったので、かわいい女子大生が英国人に交際を申し込む時“I want to have an intimate intercourse with you.”なんていってしまったりする【最近の辞書にはコノテーションが書いてある】。

　もっといえば、言語学的基礎を欠く先生が多い。be動詞には繋辞(copulaといってＡ＝Ｂの＝に相当)と存在（「いる」「ある」の意味）を表す機能があるが、これを単に「……は　である」と教える先生が多い。繋辞の機能は日本語にはないし、生徒はこれだけ覚えるものだから「……は」という文には必ずbe動詞を付ける。Let it beの意味が分からなくなる。日本語には繋辞がない(認める学者もいる)から注意すべきであるが、国文法では「だ」は「助動詞」となっていて、これが英語の助動詞と混同して更に混乱の度合を深める。

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　大体、英語をThis is a pen.から始めるのには問題がある。ドイツ語やフランス語、ラテン語ならlieben,aimer,amo「愛する」、ギリシャ語ならπαιδευω 「教育する」という一般動詞から始めるのが定石というものである。敬語は日本語に特殊だとも聞いたが、実際にはpleaseをつけなければ礼を失することになるし、敬語体系をもっている言語も多い。女性語もしっかりあって、男がThank you so much.といえばホモと間違えられるかもしれない。

　岩波新書のベストセラー『外国語上達法』を書いた千野栄一先生によれば外国語を習得するにはなるべくたくさんの言語を学んだ方がいいという。この本に出てくる河野六郎【Ｒ】先生も徳永康元【Ｙ】先生も木村彰一【Ｓ】先生も大変なポリグロットである。五ケ国語以上の言語を習得すると後は楽になるらしい。

　五十ケ国語を話せるという噂の言語人類学者・西江雅之先生に聞いたら、「これでも努力しているんですよ。ただ、努力への適応性があったからです」と言われた。努力できない僕はどうすればいいのですか、と食い下がったら、同じ系統の言語(ラテン語をやったら、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語など) を仕上げていくのがコツだという返事だった。

　ところが英語教師の殆どは英語しかやっていない。教養課程の第二外国語もおざなりにしか教わらない。教科書に出てきた山のJung Frauをジュング・フラウと発音し若い女性に笑われた先生やうっかりパリへ行き、英語が通じなくて一日でイギリスへ逃げた先生を知っているが、そのためである。

　言語には信じられない位の様々な現象があり、複眼で英語を眺めなければ危険である。三人称単数現在の-sがゲルマン語以来の動詞変化の名残であることや、所有格の-sも格変化の名残であることや、文字と音声の離反(Wednesdayなんて嫌がらせに存在しているとしか思えない)が音声変化の結果だとか、ラテン語のように屈折で文法関係を示す言語があることや、インドネシア語のように兄弟関係を男女を区別せず、上下だけで区別する言語があることなど、注意すべきことはたくさんある。

　英語が難しいというけれど、喉から出す音が六つもあるアラビア語や、舌打ち音が一二種類もあるコイサン語族(あの『ブッシュマン』のニカウさんの言語)、抱合語のため辞書の調べようがないエスキモー語、文字も音法則もややこしいサンスクリット語などに比べて英語は屁のような言語である。簡単だから国際語化している側面があることを忘れてはいけないだろう。

　ついでに言えば、ザメンホフが夢見たように、一つの国際語があれば、世界から紛争がなくなるというのは幻想にすぎない。アメリカの南北戦争やスペイン内乱、朝鮮戦争、ベトナム戦争、ユーゴ紛争、北アイルランド情勢などを見れば一言語でも戦争が起きるし、逆にフィンランドやシンガポール、スイスのように多言語国家であっても平和で暮らせるのである。

□

　英語を得意とする人の中には鼻持ちならない人がいるが、アメリカ文化にどっぷりと浸っているためでもある。自己主張をしなければならない。「ピアノが上手」というだけなのに“a good pianist”というが、日本人は「上手なピアニスト」と勘違いして余計に焦る。褒め言葉でも同じで、“Good!”くらいでは“Good morning.”の“good”と変わらないからといって、“Excellent!”“Marvelous!”“Beautiful!”“Fantastic!”“Dynamite!”“Oh, my God!”など日本人には恥ずかしくてとてもいえそうもない賛辞が普通だ。その意味では分かる気もするのだが、欧米一辺倒で日本人や日本文化を馬鹿にしている人も多いかも知れない。

■パリのアメリカ人
　【…】日本人であれば、最初に頭に浮かぶであろう気がね、即ち「コンナコトヲイッテ、人ニ笑ワレヤセヌカ」「コレハ、アマリニモ幼稚ナ質問デハアルマイカ」なんぞは、薬にしたくもない。そもそも意識にのぼりはしないのである。
　勇ましいのだ。タフなのだ。肉食獣なのだ。彼らは。
　告白するが、わたくしは、アメリカ人に対して、人種的偏見を持っている。殊に、あのアメリカ語というのが嫌いである。あれは一体何だろう。英語を思いきり鼻にかけ、喉でつぶし、一体、誰が一等、英語をネジクレて発音できるか、そこのところを、皆で一斉に競い合ってるとしか思えないのである。
　アメリカ語、というのは、わたくしにいわせれば大田舎言葉だ。あんなものを有難がるのはよしてくれよ。真似するなんてとんでもない話だ。「あんた、アメリカ人の割には発音がいいね」くらいなことをいってやれよ。
　どうかね、あの街に溢れる「米会話」「米語教授」って奴。「米人教授多数による、個人的レッスン」て奴。わたくしも一回のぞきに行ったことがある。食いつめたような、四流のアメリカ人が出て来て、「マイ・ネイム・イズ・リチャード・オイネスト」といいやがった。「オイネスト」とは何かね。自分の名前じゃないか。ちゃんと正しく「アーネスト」といえないものかね。諸君、こんな手合に英語を習うなんぞは、落目でございますよ。

　　　　　-----伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』（文春文庫）

　こんな先生に英米文化中心主義のイデオロギーを振りまわされると困る。欧米以外は日本も含めすべて野蛮国と考え、何かにつけて「欧米では……」と宣う (こういう人を出羽守と呼ぶ)。こんな人に、たかが英語なんてといおうものなら大変である。全人格を否定されたような顔をして反駁されるに決まっている。しかし、国際化イコール西洋化ではない。ましてアメリカ化ではない。

　ミッション・スクールというものがある。では、ミッションとは何か？というと答えられる人は少ない。実は19世紀半ば以降、欧米の帝国主義国家は植民地獲得にあたって「文明化の使命（civilizing mission）」を主張した。ケアンズという学者は「文明化の使命」の神髄を“the white race, western civilization, and Christianity occupied the top rungs of the racial, cultural and religious ladders of mankind”（人種は白人、文化の面では西洋文明、酒興はキリスト教が人類の最高位を占める）と定義している。このミッションを最も端的に示しているのが、ロビンソン・クルーソーである。日本は占領国に対して「創氏改名」を進めたとして非難されることも多いが、クルーソーは金曜日に助けた原住民をフライデーと名づけて、自分は旦那様（マスター）と呼ばせ、イエスによる救いの言葉を説き、人肉食を諌めた。日本がハワイ語やマオリ語、ウェールズ語などのような悲劇を受けなかったのは、日本人が英語を苦手としたからである。

　こうして英語が街にあふれ、英語を話せることがブランド化さえしてくる。あげく、娘にケーティーなどと名付ける親（郷ひろみ）が出てくる (もっとも鴎外も子供たちの名前を於菟、茉莉、不律、杏奴、類にした)【その後、「キラキラネーム」があふれることになるとは思わなかった】。

　先進国でこれだけ自国語を蔑ろにしている国民も珍しい。自虐的日本語観と言い換えることができる。明治期には森有礼の英語公用語論があり、戦後は志賀直哉のフランス語公用語論があった。戦後の方が、ひどいが、作家の高見順は『敗戦日記』（文春文庫1945年11月23日）に「英語国に負けたので英語の名…」とは浅薄すぎると書いている。煙草の人気の一等がピースになり、漣、憩、郷土、黎明と続いたからだ。

　外来語としてではなく、英語がそのまま日常に使われている。英語の分からないものには未来永劫分からない。英語ではないが、富山市にshie,nuという名前の洋装店があった。どうやらフランス語のchez nous 【うちへ(どうぞ)】らしいと分かり、シェッーと驚いてしまった。もっと、教科書の題材を日本にすべきである。恥ずかしい話だが、僕が小さい頃、「プール」というのは贅沢品でしかなかった。オレンジだって、グレープフルーツだって、知らないものだった。それよりは日本文化を英語で紹介できるような内容に替えていくべきであろう。

　逆に文化を教えない語学教師も多い。レアリアと呼ばれる言葉の背景を教えないから、桜内外務大臣が訪米した時「アイ・アム・チェリー(私は処女)」などと自己紹介したりする。ごちそうを作ったのにThere is nothing to eat, but please eat next room.と「隣の部屋を食べてくれ」という日本人が後をたたない。

　文化を教えるということはどっちもどっちだ、ということを教えることだ。他人の振り見てわが身…なのである。ベイトソンの『精神の生態学』にはこんな話が出ている。

父「どんな感じがするかね。フランス人が手を振ってしゃべってるのを見るとおまえはどう思うんだ？」
娘「変！　バカみたい……でも、相手のフランス人には、そうは見えないんでしょうね。だって、みんながバカみたいに見えちゃったら……もし、そうだったらやめるでしょ？」

　鈴木孝夫先生によれば、日本人が鯨を食べるとブルドッグみたいに噛みつくイギリス人は、自らが大声で叫ぶ動物愛護との関係から、このブルドッグを何の目的で、どういう風に改良を加えてきたかの記述を『ブリタニカ百科事典』から削除してしまったそうだ（「改良」のおかげで、顔が大きくなりすぎたブルドッグは自然分娩ができなくなって帝王切開でしか出産できない）。

　日本のＬＳＩ工場がアイルランドに進出した時、塵を防ぐために靴を脱いでくれ、といって女性たちに抵抗されたことがある。外国に住んでいる日本人の家庭に来た配管工に靴を脱げといって一悶着したという人もいる。これは一般に欧米で靴は衣服の一部という意識があり、靴を脱ぐことと服を脱ぐこととがほぼ同義であり (類義語辞典ではshoesがclothesとしてまとめてある)、靴を服と一緒にclosetにしまう文化だからである。だから彼らは「野蛮人」のようにベッドにまで靴を履いていくのである（このために「ベッドスロー」bed throwという足置きがホテルではベッドの端に巻かれていて、日本ではベッドメイキングが終了した印に使われている）。欧米の男性には外反母趾が多いが、ハイヒールを履いているからではなくて、ずっと靴を履いているからである。バッカみたい。先生は『ことばと文化』（岩波新書）で「究極的には、イギリス人は、足という人間なら誰でももっている身体部分を、実は恥部の一部と考えている不思議な民族だ」「裸足は寝室だけに許される恰好」だという。

　鈴木孝夫『日本語教のすすめ』（新潮新書）にはイギリスの靴屋でshoehornがほしい、と言ったら、そんなものは置いてないといわれたという。彼らの生活には靴べらを必要とする場面はないのである（最初に履く時はどうするのだろう？）。ただ、「かつて日本を訪れた英国の女王が靴を脱ぐべきところで脱ぐ脱がないで話題になったとか」と書いてあったのだが、山折哲雄『17歳からの死生観』（毎日新聞社）には次のような記述になっていた。

　その【桂離宮】の一番奥のところにお手前の設備をちゃんとしつらえていた。当時の家元、裏千家の家元の奥様、千登三子さんという方がお座りになって待っている。そこへエリザベス女王一行の車が到着した。女王が一人で降りてつかつかと、その緋毛氈の端のところにやってきた。さてどうなることかと見てましたら、ハイヒールを脱いで裸足でその緋毛氈の上を歩き始めた。エリザベス女王ですよ。「ええっ？」と思った。ヨーロッパの貴婦人が衆人環視の中でハイヒールを脱ぐとは、これはいったいどういうことは、それはほとんど全身裸になるということと同じであります。しかも女王ですよ。これ、よくぞ女王に納得していただいたな、と私は舌を巻いて見ていた。

　おそらく事前にそういう話で了解されていたのでしょう。日本の文化における作法を尊重されたからだと思います。お茶のサービスを受けるときにハイヒールを履いたままでは不作法になるということを懇々と説明されて、それを受け入れられたんでしょうね。もちろんハイヒールは脱いでもストッキングははいているわけです。テレビのカメラは非情ですよ。接近してそれを映し出す。ゆっくり歩く足の裏までが映し出されていました。ストッキングの足の裏まで。

　ロンドン郊外で独り暮らししている老婦人宅を訪れた日本人紳士が開口一番、「あなたは日本ファンでいらっしゃいますね」と尋ねた。驚いた老婦人は「どうして分かったのですか」。その理由を英文で説明せよ、という発想力を問う自由作文問題が東大の入試に出たことがある。答えの一つが「老婦人が素足で室内にいたから」なのだ。玄関で靴を脱ぐ習慣の日本に対し、欧米では土足のまま家に入る。米国映画で長身の男優が靴を履いたままベッドで大の字になる場面をよく見掛ける。裸足文化と土足文化の違いが大きい。ただ、フランスでも見直されている。

　イギリスとアメリカでは言葉が違うだけでなく、文化が違う。同じ言葉だと思うからダマされる。ノーベル賞作家カズオ・イシグロの『日の名残り』では執事が過去を懐かしんで涙する。これを見た見知らぬ男が今朝いっぺん鼻をかんだきりだと言ってハンカチを貸そうとする（handkerchiefをフランス語ではmouchoirといい、「鼻かみ」の意味）。これを断って、むやみに冗談を言うことが好きなアメリカ人の雇い主のために、ジョークの練習をしようと思い立つ。

　辛口評論家イーグルトンは『アメリカ人、イギリス人』（『だからアメリカ人は』に改題）でめちゃくちゃアメリカ人をこけにしている。

　英語を道具として使わなければならないが、英米文化を担っていることを忘れてはいけない。英語の多様性を教えるべきで、英米事情は教えないという先生もいる。英語を道具として使わなければならないが、英米文化で育った道具であることを忘れてはいけない。つまり、言語は他の道具と違って無色透明の道具ではない。

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　伝えあいでノンバーバル・コミュニケーション(非言語行動) の方がバーバルより重要な役目を果すという学者もいる。これをもっと教える必要があろうが、教えている場合も英米が中心となり、やはり、危険である。いざとなれば身振り手振りでやる、というのが英語の苦手な人の常套句であるが、同じ仕草が文化によって異なる。丸がお金を意味したり、ＯＫの意味だったり、脅迫の意味だったりする。インド人は肯定の時、首を横に振るという。

　大体、『終わりよければ全てよし』の「若くて結婚、すぐに悔恨」なんていう言葉、身振りで表現できる訳がない。

　『アンナ・カレーニナ』の冒頭「幸せな家族はどこも同じようだが、不幸な家族はそれぞれに違う」も映像で表現できっこない。だから、ヴィヴィアン・リー主演の映画ではそのまま引用された。

　結局、日本人は英語を話されたら、黙るか、笑うか、寝るかしかない（日本人の３Ｓと呼ばれる）。まあ、アジア全体でscrutable Oriental（理解不能な東洋人）と呼ばれるのであって、日本人の特権ではないけれど。

　でも、加賀美幸子『ことばを磨く18の対話』（ＮＨＫ出版）でタモリが「英語なんていうのは、言語としては単純なものですから手振りが必要ですが、日本語には不必要です」と話していた。つまり、英語は単純だってことだ。←開き直り！？

☆日本人が英語を苦手とする理由

　日本にいる外人タレントが見事に日本語を話すのを見て、悔しく思ったことはないだろうか？私だってと思うはずだ。

　でも、条件が違うのだ。ここで日本人が英語を不得意とする理由を考えてみよう。何しろ、ＴＯＥＦＬの成績が下がりっ放しで最近はとうとう朝鮮民主主義人民共和国（北朝鮮）と並び、アジア諸国で最下位組になってしまった。

　まず、言語構造の違いがあげられる。音声に関して日本語は開音節(子音＋母音)で、英語は閉音節(子＋母＋子)でしかも【f,v, th, dh,l】など日本語にない音もある。

　ＬとＲの区別ができないという。日本の女の子が“Do you have a lover?”といったつもりが、“Do you have a rubber?”（ゴムを持っている？）に聞こえてしまうと脅される。「最近いつ選挙があった？」という質問に「今朝」と答えたというジョークもある（electionとerectionですね）。ＢとＶの区別もできない。でも、アジア系の言語に区別がないのが多くて理由にならない。前５世紀後半のギリシア世界を一人で引っ掻き回して遊んだ美青年アルキビアデスもＲとＬがへたくそだったと古人が伝えている。少年時代からその美しさで多くの求愛者を引きつけたというが、発音が悪いのがきっと愛嬌に思われたのだ。ソクラテスとの愛についてはよく知られていて、プラトンの『饗宴』に描かれている（アリストパネス『蜂』44-46、プルタルコス「アルキビアデス」1）。英語教師はＬとＲの区別ができなかったら、レストランでご飯（rice）じゃなくでシラミ（lice）が出されるなんて威すから、余計にメンタルバリアの苦手意識が強まる。

俵万智『おれがマリオ』（文芸春秋）

ＲとＬ聞き分かられぬ耳でよし日本語をまずおまえに贈る

　アクセントも悪戦苦闘する。英語の強弱に対して、日本語は高低だ。音楽にも同じことが言える。英語や独語のように言葉そのものに強弱アクセントの強い言語による歌には、たとえ楽譜にそのような指定がなくても、自然に旋律のなかにその強弱のリズムが反映される。一方、日本語は高低によるピッチアクセントである。だから西洋楽器で日本音楽を奏でたり、日本楽器で西洋音楽を奏でたり、西洋の歌を日本語で歌ったりして美しいはずがないのだ。

　文法構造も膠着語で孤立語の英語とは大きな違いがある。とはいえ、音声的によりハンディがあり、日本語と同じ構造をもつのに、韓国の人に英語の得意な人が多い。

　これに起因する「初めに文法ありき」の授業が英語を嫌いにしている。最初はコミュニケーションから始めてもいい。ただし、文法がいらない、という議論に与してはいけない。文法を知らなければ、書けないし、話せない。いつまでもピジン・イングリッシュに留まる訳にいかないのだ。

　また、地理的要因がある。幸か不幸か日本は他国と国境を接しておらず、外国人との接触が極端に少なかった。国内もほぼ一民族一言語で、大きな方言の違いはあっても共通語が理解できない人はいない。漢語のお陰で専門用語は明治期に造語され、他の後進国と違って大学教育まで日本語で行えた。時々、後進国の人でさえ、あんなに英語がうまいのにと、ぼやく人がいる。これは英語に頼らざるを得なかった彼らと違って、日本人は自国語(造語した漢語のお陰でもある)だけで文明開化ができたからである。

　例えば、ケニアでは何カ国語も話せる幸福な(？)人が多い。ナイロビに住んでいるキクユ族の人を考えてみると、まず、母語のキクユ語、次いで隣村と交易するための、例えばマアサイ語など、東アフリカの共通語であるスワヒリ語、勉強したり働くための英語などと、四つも話せなければ生きていけない言語状況に生きている。ＴＯＥＦＬのアジアでのトップはシンガポール、インド、フィリピンだがどちらもイギリスやアメリカの植民地だった。日本は英語がなくても十分に生きていける。クレオパトラは語学堪能だったことはよく知られている。カルメンだってロマ（ジプシーの言語）語の他に、スペイン語、バスク語などヨーロッパの言語を苦もなく使いこなしたことになっていて、オペラ自体はフランス語で書かれている。必要は語学の母だったのだ。インドのことわざに「15マイルごとに方言が変わり、25マイルごとにカレーの味が変わり、100マイル行けば言葉が変わる」というのがある。英語で話すしか選択肢がないのだ。

　漢文の影響による文字偏重ということもある。文法中心の英語もこれに起因すると思われる。英語ができないといっても実際は英会話ができないのである。単語を覚えるのに日本人は一生懸命に指で文字をなぞるが、これは外国人には呪文をかけているようにみえるらしい(蓮實重彦『反日本語論』)。新しい単語を聞いてもスペリングを知るまで落ちつかない人が多いと思う。脳硬塞などで失読症になっても日本人は漢字が読めるか、仮名が読めるかどちらかである。多くの外国人は全く読めなくなってしまう。これは日本人が脳の二つのチャンネルを使って日本語を話しているからであり、逆にいえば、漢字というものによる呪縛で英会話ができないといってもよい。言葉というものを音で考えないで、文字という映像が優先されるコミュニケーションをしているからである。ブルーノ・タウトは「日本人は目で考える」といった言葉は現代でも当てはまるのである。「大人」と「小人」の間に「中人」と書いてあっても、どう読むか考えない人がほとんどだろう。音よりも目の言葉だから、「楚者゛」「専葉」や「曽波゛」（蕎麦）とか「宇奈幾゛」（うなぎ）と書いてある方が老舗だと思ってしまうのである。

　日本文化が「恥の文化」であることも原因の一つである。細かいことばかり教師は注意し、学生は萎縮してしまう。英語が伝達ではなく、正確さや柔順さを身につける道具になっている。ピリオドでも落とそうものなら教師は鬼の首を取ったように減点する。あげく外国人の前では誤りがないよう緊張して何も話せなくなる教師が多い。英会話は軽薄でなければできない、というのが千野先生の持論で、ある日、「先生、僕は軽薄だけどちっともうまくなりませんよ」と尋ねたら「軽薄だけではダメです」といわれてしまった。「恥」ということがメンタル・バリアになっている。下手に教養が邪魔をして間違った英語が話せないのである。さらに、小さい頃からアメリカ人を映画でしか見てこなかったから、アメリカ女性は一人残らず女優のような美人だと思いこんでいる。日本人女性にもうまく話せない僕らがアメリカの美人に話せるはずがない。文系の人よりも理系の人の方が英語に強いと感じることがある。これはもちろん、数式や画像など言語以外の手段でコミュニケーションできるからであるが、それとは別に「メンタル・バリア」が理系には少ないことが関係している。文系の人間は間違ってはいけないというプレッシャーが強くて話せないが、通じれば「結果オーライ」と考える人にとっては悩みなく、臆面なく話せるのである。知性があっては話せないのである。

　英語を絶対とするその態度やアメリカ英語の氾濫は英語が合衆国に絶対服従させるイデオロギーとなっている証拠であり、安保より罪深いかもしれない。いつの間にか英米信仰から英語信仰に変化して、英語が外人コンプレックスを助長する装置になっている。だから「外人」(ＡＡ諸国の人は含まれないことが多い) が少しでも日本語を話そうものなら犬が言葉をしゃべったように驚き、褒めちぎるのである。それでいて、上手くなり過ぎると「変な外人」といって冷たくすることがある。これを日本研究のミラーという学者は「逆収入の法則」と名づけた。ちなみに、言語学者のネウストプニーは日本人の外国人への態度を第１期「ハネムーン」、第２期「拒絶」、第３期「受け入れ」という順があるとした。平出昌嗣の『踊る羊と実る稲』（学術出版会）には「英語は日常生活のいたるところに見られる。だがその親近感の下にあるものは、抑圧され、裏返しになったエディプス・コンプレックス、あるいは西洋人に対する根深い外人コンプレックスである。【…】英語とは、劣等感を持つ日本人にとっては、単なる外国の言語ではなく、自分達にない高度な能力の象徴、あるいは支配者の持つ武器の象徴であって、それを得て初めて自分も強い力を持つ一人前の人間になれると考える」という。これは父親と同化してそのたくましさを自分のものにしようとする心理と同じだという。

　リービ英雄の『我的日本語』（筑摩）には司馬遼太郎との対談が紹介されているが、確かに外人が日本語を話すとは思っていない国ではありえない。

　司馬遼太郎との対談でも、彼がモンゴル人同士の喧嘩をモンゴル語で仲裁したところ、二人のモンゴル人はすこしも驚かずに「ぼくを突き飛ばした」と言っていた。日本では、まずありえない光景だろう、と言った。

　逆に英語がうますぎる日本人は『英語屋さん』と蔑まれた時代があったし、今は海外帰国子女が下手な英語の先生に合わせなければ、日本の教育についていけない時代である【その後、帰国子女が増えてきたが、日本語がダメで英文の意味がとれず、筆記試験もよくなかったりして「英語力」を会話やヒアリングだけで決めていいものかと思う】。

　アメリカ英語の優先はアメリカ人を崇拝することに繋がる。鈴木孝夫先生が言っていたが、イギリスの小説でタイピストがanthropologyやaquaphobiaという単語で首をひねる場面があって驚いたという。日本人なら小学生だって「人類学」「狂水症」というと分かるはずだ。日本語の方が分かりやすくて、日本人の方が教養があるということだが、ただ分かってしまった気分になる短所もある。「狂水症」が「狂犬病」ということまで分かる人は少ないからだ。嫌なことにアメリカ人やフランス人という奴らは議論好きである。前者はディベートで育ち、後者はバカロレアで育っている。アメリカ人は親切心からか説教好きだ。金山宣夫は「アメリカの学校ではパブリック・スピーキングを教えるが、日本では教えない」と会話の前に釘を刺しておくべきだという。ダイエーの中内功は「自分の英語は夜学で習ったので、夜になるともっとよく話せるのだが」と言っていたという【星新一に英語の睡眠学習機を作ったのだが、寝言しか出ないというショートショートがある】。つまり、文化の違いから英語を話すのが日本人には苦手になるのだ。

　「コンテクストの中の日本」で述べたことだが、日本文化は同質のせいでコンテクスト依存型であり、以心伝心が得意で、異なる文化に接することに慣れてない。言語に頼らず状況に頼る。こうした文化の違いがコンテクスト独立型の外国文化やその媒体である英語を習得する際の隘路となると考えられる。つまり、コミュニケーションというものが日本には存在しなかったのである。もっと言語化する訓練をしなければならない。映画や音楽の鑑賞も感性による印象批評ではなく、どこが良かったか知性による批評が大切なのだ。

　反語的に聞こえるかもしれないが「話せば分かる」という態度も国際コミュニケーションでは間違っている。どんなに話し合っても論理の文化が違う場合は、話しあって解決することはない。異文化ではそれほど楽天的になれない。近い国の言葉であるハングルには「思いやり」という言葉さえない（篠原令『妻をめとらば韓国人！？』文藝春秋には「日本のように『皆と仲良く』とか『他人に迷惑をかけるな』という教育を一切やりません。反対に、一貫して強調されているのは『一番になれ』『他人に勝て』という事です」と書いてある）。

　変な外来語が氾濫していることにも問題がある。「ベア、アベック、フリーター」などは日本が滅びたら謎の言葉として国際言語学会のテーマになる筈だ。「フェミニスト」に至っては日米で意味が正反対になっている。実に「ナイーブ」な問題だ。

　心理学者の波多野完治はその昔「ＩＱが120以下の生徒には英語習得は無理である」と述べたが、帰国子女がたやすく英語を話すところから誤りは明らかである。しかし、『日本人の脳』を書いた角田忠信説が正しいならば、日本語の構造に由来する脳の構造の違いのせいで、日本人は外国語を話すときに右脳と左脳をスイッチングする必要があるが、このスイッチが錆びつき、うまく働かないことがあるという。また、文字の脳での扱い方も外国人とは違っていて、脳の構造が英語の不得手と無関係ではなさそうだ。凡人は英語を前にウノウ・サノウするしかない。ちなみに、寺田寅彦には「数学と語学」という随筆があり、「大勢から見れば両者の間には統計的相関があるといってもたいして不都合はなかったように記憶している。／これはきわめて当たりまえのようにも思われる。結局頭のよいものは両方の点がいいという事が、最も多くプロバブルである、といってしまえばそれだけである。しかしもしやこの二つの学科がこれを修得するに要する頭脳の働き方の上で本質的に互いに共通な因子を持っているようなことはないか」と相関性を考えている。

　千野栄一先生は「外国語を話せるようになるためには軽率じゃなくてはダメだ」と言った。池内紀も『世の中にひとこと』（ＮＴＴ出版）の「道化タイプ」で次のように書いている。

　なまじっかペラペラしゃべると、相手はこちらが英語ができるものだと思いこみ、さらに話しかけてくる。わかったふりをするのが誤解のもとであって、とんだ事態になりかねない。ほんの片コトと身ぶり手ぶりが、安全な海外旅行の秘訣（ひけつ）である。

　さらに、外国語を上手に話し、それを「母国語とする人」となんらかわらず応対ができるためには、欠かせない条件がある。記憶力と耳を必要とするだけでなく、ある程度、小さな道化でなくてはならない。外国語を話す能力は、実のところ、かなりの程度まで、即席のおどけ者になれるかどうかにかかっている。

　英語教育が問題になると、必ず実践的なコミュニケーション能力がいわれる。なにがなんでも話す力を身につけさせること。ためしに高得点をとるタイプを調べてみると、おもしろい結果が出るのではなかろうか。教育行政はよほど中身のない道化タイプを育てていたらしい。

　で、「僕は軽率ですが、語学はダメです」というと「軽率だけじゃダメだ、十分条件と必要条件を取り違えるな」と言われてしまった。

　日本が安全で自己完結しているということもある。わざわざ外国へ行く必要がない。外国語で本を読む必要もないくらい、翻訳にあふれている。中国や韓国の人はアメリカやカナダに留学するのが当たり前のようになっているが、日本では日本の大学の方が評価される。当然、モチベーションが下がる。もちろん、外国人と接触する機会も少ない（かった）。

　茂木健一郎はブログ「クオリア日記」（2010/09/17）で次のように書いている。

自己変容（７）英語を喋れるようになるということは、つまりは、新たな英語人格を創り出すということである。日本人の多くが英語を苦手とするのは、（A)から(A')->への自己変容のプロセスを欠いているからだ。

　内田樹は『そのうちなんとかなるだろう』（マガジンハウス）で予備校でフランス語を教えていた（英語の問題よりもずっと易しい入試で、実際に社会人になってから英語を避けてフランス語を学んできた人を知っている）時代のことを書いているが、「日本の学校は、勉強を強制することによって『英語嫌い』を作り出している」という。

　わかったのは、ただ文法規則や単語を丸暗記させるのは非効率で、言語の本質について本格的に学術的な説明をしたほうが学生たちの理解は早いということでした。

　「冠詞とはどのような世界観の産物か」「相（アスペクト）とはどのような時間意識を持つものにとって意味があるのか」というように言語の根源から説明すると、学生たちはすっとわかってくれる。　

　フランス語文法は「フランス語話者たちからは世界はどう見えているか」を理解しようとしないと理解できない。そういうことです。

　おっと、もう一つ理由があった。外人タレントが日本語を上手に話す理由を忘れていた。日本人が外国で英語を話すのとは状況がまるで違うのだ。黒田龍之助は『その他の外国語』（現代書館）の中で忌々しそうに書いている。

　そこに書いてあることは読まなくても分かる。文法は忘れよう。細かいことは気にするな。積極的に話そう。さらには恋人をつくろうなど、無責任この上ない。これに乗せられてそのまま実行しようものなら、恋人も含めすべてにおいて玉砕することが目に見えている。

　日本に来て、チヤホヤされながら言葉を適当に身につけていった人のいうことなんか、なんの参考にもならない。また本当に上手な人は、地道に勉強している。ただ、それだと面白くないから、さも楽々と身につけたかのようにいいたがるのである。

　ずるいよ。

　繰り返すが、英語の教科書や入試問題は細かいことを気にし過ぎる。センター試験でも“wool”の発音問題が出ていたことがあった。僕も授業で引っかけられないようにと教えるのだが、発音は【wul】、つまり「ウル」なのだ。しかし、例えばセーターの話をしていて「ウル」も「ウール」もないだろうし、英米人がみんな「ウル」と発音しているだろうか、と思う。

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　あんなに時間をかけて英語がちっとも上達しないという非難も多いが、明治期のエリートに比べて時間が少ない。旧制高校はほとんど語学学校だったことを忘れてはならない。現在、中学で英語が週三時間になってしまったが、これは国際化の要請に逆行するものである。英語教育学者の若林俊輔先生に伺ったところではこの時の審議会の委員は高梨健吉で孤軍奮闘していた。審議中、家庭科など他の教科は減らしてはならないという署名や要望が殺到していたのに英語教師はおっとりしていて何もしなかったという。発表されてから文句を言っても後の祭り。

　中学生の基礎力の不足が高校や大学の先生まで巻き込んでの大混乱となった。いっそ全く無くしてしまえば、と思ったりしないではないが、ともかく困ったものだ。

　受験英語を止めてしまえば誰も英語が嫌いにならない。国民がみんな英語を勉強する必要なんてない！本当に勉強したくなった人だけ学べばいいのだ。

　英会話を教えず、文法中心だった教師が悪いという人も多いが、会話にしろ英文読解にしろ、そういう人は英語がまったく分かっていなかったりする。

　戦争中のように英語を敵性語として禁止してしまえばいい。英会話学校を闇の商売にしてしまう。きっと、不良がみんな学びたがるはずだ。「堅気には英語、分かんないぞ」なんて隠語としても使える。タバコよりもずっと依存性が強いぞ！

　さて、英語教育に文句ばかり言っていてもしようがないので、解決編に入る。それは「親を選ぶこと」だとかつて言語学者のグロータース神父がいったが、残念ながら僕らはバイリンガルの環境を今から選ぶ訳にはいかない。

　大橋巨泉が英語を得意とするのはジャズなどの興味から進駐軍などと知り合い、その中でうまくなったからだという。僕もビートルズが好きで英語が得意になった人を何人も知っている。

　友人の中にはＰＬ学園の教育実習生になったのがいる。野球部だけのクラス(！)を担当することになり、教室へ向かった。すると一人残らずグランドに出ていて野球の練習をしている。一時間めは彼らを引き戻すだけで終わってしまった。二時間めは早めに教室へ行ったが、誰も全く聞いていない。そこで一計を案じ、野球部の監督の部屋で行った。ここには内外のありとあらゆる野球に関する文献が揃っていて、監督に一番新しい打撃法の英文を紹介してもらい、三時間めにこれを複写して教室に持って行き、学生たちに手渡した。すると彼らはやおら辞書を引きはじめ、熱心に訳し始めたという。勿論、これは極端な例で、誰もが新しい打撃法に興味を持っている訳ではない。ただ、英語の内容に興味を持てば誰もが英語を勉強したい気になっていくし、これこそ英語上達法の近道である。

　他の外国語の授業だって、好きな女の子が出席しているから僕も頑張ろう、なんてことが多いし、イタリアならイタリアへの憧れ、シェフ志望ならフランス語のレシピを読む必要性など、それぞれの動機が必要なのに、その動機を受験一本に絞ってしまってきたのが、日本の中高英語なのである。

　こうして、フルーツバスケットのように何でも詰め込み、あげく、学校嫌いの学生ばかり作っているような気がする。文法偏重の英語教育がまさに典型でネイティブ・スピーカーにも分からないような細かな規則と例外ばかりを記憶させる。教師は英語に自信をつけさせるより、間違いを見つけ、評価することばかり考えていている。つまり、評価することが目的の学校制度の中で英語を身につけさせることは不可能に近いのである。「駅前留学」などが繁盛するのは、自費で目的をもって勉強しているからでもあるが、あなたは○点でした、なんて評価されないから続けられるのである。

　英語は勉強の嫌いな生徒をふるい落とす選別機能を果しているだけなのかもしれない。英語という苦難に耐えられる生徒だけが優遇されるという仕組みだ。例えば、withoutをbut for に書き換えるのなんか、受験英語以外に見たことがないが、こうした問題が今でも大手を振っている。前置詞をいれる問題も相変わらずで、揺れを無視して唯一の解答を求める。be tired withと習ったが、fromが現代的である。Would you mind ～ing?なんて教科書的な表現を使ったら、馬鹿丁寧だと笑われたことがある。別れの挨拶のSee you later.をまともに受け取って相手をずっと待っていた人もいる。

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　英語がうまい人は例外なく英語が大好きである。さもなければ英語を日常的に必要としている、つまり、商社マンか何かで外国人と常に交渉しなければならない人である。彼らの多くも英語が好きで(つまり、得意なので)商社員になったのであろう。英語が得意になる近道は英語が好きになることである。そして、英語を好きになったら英米へ留学することである。英語に実際に触れる機会の少ない日本では限界がある。日本人は英語が不得意だといっても、実は英会話が苦手なのであり、読み書き、とりわけ、英文解釈に関しては十分な力がある。そのお陰で諸外国の科学技術に追い付けたのである。ただし、今、求められているのは受容のためではなく、発信のための英語なのである。例えば、「参勤交代」をどういうか（alternate-year attendance at Yedo）、「あんパン」はどういうか（thinnerじゃなくてsweet bean paste bread）、「豚骨ラーメン」は何ていうか（たぶん、white pork broth ramen）などを教えていけばいいのだ。

　これも鈴木孝夫先生の話なのだが、『アメリカを知るための英語、アメリカから離れるための英語』（文藝春秋）で国外発信には３つのポイントがあるという。

１．disclosure…つまり自己に関する情報開示。「日本はこうだ」という情報をもっと英語で世界に出さなければな
らない。
２．accountability…つまり日本の行動を、外国が理解し、納得するような説明をすること。
３．manifesto…目標提示。「人類・世界はこうすれば幸福になれる」という日本独自の、しかも普遍性を持った理念をはっきりと発信しなければならない。

　この３つを持たないと、いかに英語だけがペラペラでも、思想的、文明的にからっぽだと笑われる。

　米ソが対立している時、国連でアメリカ代表が「英語は国際語だから……」という主旨のことをいった。ソ連代表が「英語は国際語ではない」と、すぐに反論に立った。みんな固唾を飲んで見守っていると、彼は続けて「ブロークン・イングリッシュが国際語なのだ」といった。つまり、英米文学・英米文化を中心とする「部族語としての英語」（English）が国際語なのではない。

　日本でも重箱の隅をつつくような受験英語をやめて、「国際語としての英語」（Englishes/「リンガフランカ」としての英語）を前面に出すべきである。もっと簡略にして自分が興味をもった部分を各々で勉強すればいいのだ。会話を学びたい人は会話、技術英語の人は技術英語とやっていけば十分だ。World Englishesという概念はKachru（カチルー、カチリュー）というインドの言語学者がイギリスのEFL教員向けの雑誌World Language Englishを1985年から季刊誌World Englishes: The journal of English as an International and Intranational Language(通称WE)と変貌したのだった。2002年にはアジアで使われる独特の英語を集めた本名信行編『アジア英語辞典』（三省堂）から刊行された。

　国際語だから誰が教えてもいいはずなのだが、白人、特にアメリカ人でないと相手にされない。日本の英会話学校は不良白人の天国となっている（英会話学校ＮＯＶＡがつぶれた時に6000人もの外人講師が職を失ったというがそんなに適格者がいるはずもなく、「ノバなし状態」だった）。白人信仰がしっかり残っているためだ。「車に轢かれた犬』という映画があるが、日本で暮らす西アフリカから来た日本文化研究者が差別の中で暮らしているのだが、アルバイトでフランス語（東アフリカは英語、西アフリカはフランス語が共通語になっている）を教えようとして広告を出す。希望者の若い日本人女性が訪ねてくるのだが、相手がアフリカ人であるのを見ると驚いて走って逃げてしまう。同じようなことが英語をめぐって日本中で起きている。

　ボストン美術館在任中にも羽織袴だった岡倉天心が、その一目をひく風采のために初対面の人に聞かれた（諸説あり）。“Which is your ese, Chinese or Japanese?”“Which is your key, monkey, donkey or Yankee?”と言った話は有名だ。今、日本人が外国に行くとチャイニーズ？と聞かれる。日本人であることに誇りをもちたい。

　日本人はネイティブにはなれないし、英語教育の目標も「ネイティブもどき」（near native）を育てるのではない。外国語などの道具をインタラクティブ（相互作用的）に使える日本人を作ることであるはずだ。

　英語が好きでもないのに、「いつか役に立つ」なんていって時々勉強している、というか勉強している自分を誉めたくなるような人は無理に英語を学ぶ必要はない。必要があれば、身につく！

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　総じて文科系の先生より理科系の先生が英語をうまく使うのは英語を道具として割り切っているからである。日本人の英語を最近Japlishとして笑いものにする傾向があるが、最初はとりあえずJaplishでもいいのではないだろうか。

　ジョン万次郎は何の頼りもなく、全く独学で立派な通訳になったではないか。彼の会話入門書には時間を聞くとき「掘った芋いぢるな」というと書いてあるが、それで事足りたのである。

　僕が目撃した例がある。ニューギニアの文化を調査しているＨ女史が東京外大のアジア・アフリカ研究所でハワイ語の専門家・エルバートの講演があった時に参加されて、質疑の時「ドゥ・ユー・ノー・ミスター・スミス？」と聞いた。ところが、エルバートが少し耳が遠いこともあって何度言っても通じない。つまり、スミスを母音三つに、スにアクセントを置き、最後を日本語のスで発音したから全然通じなかったのだ。側にいた土田滋先生がMr.Smith！と奇麗な英語で話した途端、エルバートは分かって話が進んだ。

　もちろん、そういう調査に信頼性があるかどうかという疑問もあるだろうが、問題はそういう英語や（恐らく）現地の言語でも人類学調査ができるということである。その後、『サモアの思春期』（蒼樹書房----Ｈ女史が共訳）で有名なマーガレット・ミードも語学力不足から調査を間違えているという批判（フリーマン『マーガレット・ミードとサモア』みすず書房）が出ていることを知って、サモアりなん、と思った【その後についてはジョーン・マーク『マーガレット・ミード』大月書店が詳しい】。

　いずれにしろ、僕の外国語学習の原点となった事件であった。

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　『日本人英語の科学』を書いた竹蓋幸生が『ラブ・ストーリー』の会話の語彙を調べたら一三一〇語で中学教科書の語彙一五四〇より少なかったという。つまり、ハーバード大とラドクリフ女子大の学生の会話の語彙以上の単語を中学で既に学んでいるのである。

　実際、日本人の英語の語彙数はインテリではない(つまり、大半の)英米人よりも多いことがある。高校であんまり教えすぎない方が完璧主義に囚われずにすむのかもしれない。あとは運用の仕方、表現法、発想さえしっかりしていれば十分に話せる筈なのである。壊れ物を扱うように教えるのではなく、使い易い道具として英語を教えることが肝要である。

　従来の訳読方式の、些抹主義的教え過ぎでは英語嫌い(そして学校嫌い)の学生を作るばかりである。習うのがタダに見える学校教育では受験以外の目的も失いがちである。こうした弊害をなくすにはもっと面白い英語を取り上げ、興味をもたせ、やさしい内容でも量をこなすことが大切である。発信のためには日本のことを英語でもっと取り上げるべきだ。

　訳読できちんとした構文を教えてから、もう一度分かりやすい日本語に直す努力も必要かもしれない。物主構文（The storm prevented the train from arriving on time.やWhat made Jane do so?など）などは日本語を日本語の訳す工夫も必要だ。少し違うが、林望は明治時代の詩集『海潮音』を翻訳して、『新海潮音---心に温めておいた四十三の英詩』（駿大曜曜社）を出している。

　比較文化史家で外国で十余年も暮らしたことのある平川祐弘は『日本をいかに説明するか』（葦書房）の「英語は標準語？日本語は地方語？」で次のように述べている。

　私は日本人が外国語を習い外国文化と対話しながら自分自身を豊かにすることを切望する。言葉と言葉がせめぎあうこの地球上で、私たち日本人が今どのような地点にいるのか、これからはどのような方向に進むのか、日本人の多くは自覚のないまま英語や中国語やフランス語を習っている。だが外国語を習うことが文化や政治や宗教とどのように関係するかは世間はあまり考えてもみなかったのではあるまいか。

　英語の基礎さえしっかりしていれば、英語が本当に必要になった時に集中して英会話を学べば充分間に合う筈だ。そしてある程度自信がついたら速やかに外国へ行って英語に慣れるのが近道であろう。それなのに、英語を習得しなければまるで天が落ちてくるみたいに、大騒ぎするのはこころの健康に絶対よくない。

　『山羊座の下で』(Under Capricorn　誤訳！ホントは「南回帰線の下で」)を撮影中、ハリウッド的な撮影方法に対しイングリッド・バーグマンが文句を言ってきた。その時、ヒッチコックが言った。

「イングリッド、たかが映画じゃないか」と。

　 たかが英語じゃないか。

俵万智『おれがマリオ』（文芸春秋）
ＲとＬ聞き分かられぬ耳でよし日本語をまずおまえに贈る

※黒猫が不吉というのは昔からそうなのだろうが、エドガー・アラン・ポーの『黒猫』で決定的なものになったと考えられる。Pluto（ディズニーでは犬の名前になっているが、元々はギリシャ神話の冥府の神プルートーに由来する「冥王星」の意味もある）と名付けられているから、それだけで怖い存在なのである。いつも思うが、誰がじゃあ、飼っているのだろう！？

　妻の『追想　芥川龍之介によれば、芥川は犬が大嫌いで同じ行動を取ったという。

※大学入試から英語をなくそうという話が97年に出てきた。目出度し、目出度し。高校教育の専門家でもない大学の先生が入試問題を作って高校生を評価しようというのが間違いの元だ。

　鈴木孝夫『日本人はなぜ英語ができないか』（岩波新書）が出版された。鈴木孝夫『アメリカを知るための英語、アメリカから離れるための英語』（文藝春秋）では次のように述べている。

　大学入試の英語も、この大学に入りたい人はこのレベルの英語をマスターしていればよいというパス・オア・フェイルの標準で、競争試験にしない。競争試験というのは何が出るか分からないので、意味のない単語競争、無駄な暗記とかになるんです。学部によっては英語は必要なしということもあっていい。多様性をもった教育です。

※中嶋洋一らの『だから英語は教育なんだ　心を育てる英語授業のアプローチ』（研究社）で中嶋は英語の授業を活性化させる５つの視点を書いている。第一に、生徒同士が心を許すことができ、居心地のよいものにすること。第二に、「how to teach」ではなく「how much thy use」にこだわること。第三に、生徒がその英文を学びたいと思うような必要感を作ること。第四に、英語教師が可能な限り英語を使うこと。第五に、他教科での既習事項や内容、あるいは別の単元の授業で行った内容とつなげていくことである。

※黒田龍之助の『ポケットいっぱいの外国語』（講談社）によれば、日本の英語教育のどこが悪いかが書いてある。

つまらない。
文法を重視しすぎる。
教える内容が実用的ではない。
会話を教えない。
一クラスの人数が多い。
学習を開始する時期が遅い。
自然に楽しみながら学べない。
教師が外国人ではない。
日本人教師の発音が悪い。
日本人教師の性格が悪い。

とまあ、言いたい放題で英語の先生が気の毒で、別の理由も考えられるという。

現地に学んでいない。
外国人と接する機会がない。
外国人と接するのが苦手だ。
発音が難しすぎる。
文法が難しすぎる。
子どものころからやっていない。
親が海外勤務ではなかった。
親がケチで、アメリカンスクールに通わせてもらえなかった。
日本人にはそもその無理だ。

「自分が悪い」とはいわないところが特徴だと黒田はいう。

　ちなみに、黒田は『外国語の水曜日』（現代書館）で「外国語のことはだれでも何かと気にかかる。・・・その多くは学生時代に習った外国語が身につかなかったと、外国語の先生を呪い、日本の外国語教育に疑問を感じている。外国語の先生はたいへんだ（ちなみに、絵を描くのが下手だからといって美術の先生を怨んでいるという話は聞いたことがない）」と書いている。やっぱり英語教師を撃ってはいけませんね。

※デズモンド・モリス『猫の美術史』（エクスナレッジ）によれば、1180年には黒猫が魔女の化身と信じられるようになったという。

※大津由紀雄は『英語学習　７つの誤解』(生活人新書)の中で外国語学習に影響を与える三つの要因をあげていて「あこがれ」だけではダメだという。

　要因１：外国語学習の動機づけ（なんのためにその外国語を学習するのか？）
　要因２：学習した外国語を使用する状況の存在
　要因３：外国語学習の基礎となる学習文法を効果的に身につけるためのことばへの気づき

※『グローバル・コミュニケーション学入門』（三省堂）には中西のりこのlice-riceを誤解するかどうかの実験結果が載っているが、当たり前だが、間違うはずはない。

※野暮な注をつけておくが、このエッセイのタイトルはフランソワ・トリュフォーの映画『ピアニストを撃て』のパクリである。この映画のタイトルは昔、酒場に掲示があったことに由来する（なにしろ、ピアニストは貴重だったからだ）。1882年、アメリカを訪れたオスカー・ワイルドも、ある酒場のピアノの前に次のような掲示を見つけたという（“The impression of America”）。

Please do not shoot the pianist. He is doing his best.